不登校の子どもと向き合う親へ。非常識な考え方で親子のストレスを減らす

「常識的に考えて、学校には行くべき」「近所付き合いを大切にするのが普通」
私たちは、こうした“常識”の中で生きています。

くりりん

でも本当に、それが正しいのでしょうか?


常識=正しい、ではない

「非常識」という言葉を聞くと、なんとなく悪いイメージを持つ方が多いと思います。
ですが、非常識=悪ではありません。
むしろ、不登校の子どもを支えるときには、「非常識」なくらいの柔軟さが必要になることがあります。

たとえば、「学校に行かないなんて恥ずかしい」「ご近所さんにどう思われるか心配」

そんな思いが頭をよぎるとき、その背景には“他人の目を気にする固定概念”があります。
それは、子どものためというよりも、親自身の不安や世間体によるものかもしれません。


「常識」を手放すと、親のストレスが減る

「ご近所さんに挨拶をして、学校に行って…」
確かにそれは大切なことかもしれません。
でも、必ずしも「そうしなければいけない」というルールはありません。
他人の目を気にして我慢を重ねることは、親御さん自身のストレスにもつながります。
そしてそのストレスは、知らず知らずのうちに子どもにも伝わってしまうのです。

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私の体験:非常識なくらいでちょうどいい

私の家は、子どもたちのたまり場のような場所でした。
多いときは20人近くの子どもが遊びに来て、とても賑やかでした。
あるとき、近所の方が「うちの前に空き缶が捨ててあった」と言って、私の子どもを疑ったことがありました。

子どもはおとなしい性格だったため、強く言い返すこともできず、とてもつらい思いをしました。
その出来事をきっかけに、私はすぐに警察に相談しました。

そして、自治会や子ども会からも脱退し、その方とも距離を置きました。

「常識的」な対応ではなかったかもしれません。

でも、その判断が結果的に家族を守る行動につながったと感じています。


「非常識」は、自由な考え方の第一歩

学校に関しても、常識にとらわれる必要はありません。
お子さんが望むなら、学区外の学校に通うこともできますし、
親戚の家など、別の環境で学ぶという選択肢もあります。

先生に相談すれば、想像以上に多くの選択肢を提示してくれることもあります。
「学校を変えるなんて非常識」そう思うかもしれませんが、

それはむしろ、お子さんの未来を守る“柔軟な発想”なのです。


非常識=自責思考、常識=他責思考

他人の目を気にして行動するのは、「うまくいかなかったときに他人のせいにできる」から。

つまり、他責思考です。

一方で、非常識な考え方は「自分の選択に責任を持つ」姿勢、つまり自責思考になります。
その自由な考え方こそが、親子のストレスを軽くし、お子さんが自分らしく生きる力を育てるきっかけになります。


自由な考え方が、子どもの自我を育てる

非常識を恐れず、自分で考えて行動する親の姿勢は、お子さんの自我の形成に大きな影響を与えます。

子どもは、親の行動を見て学びます。
「人の目を気にせず、自分の信じたことを選ぶ」
そんな背中を見せることが、何よりの教育になるのです。

くりりん

自我の形成”については、別の記事で詳しくお話ししますね!


💡 まとめ

非常識な考え方は、決して悪いことではありません。
「他人の目」よりも「子どもの心」を優先する勇気が、
親子関係を変え、未来を明るくしていきます。

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